この国の法律や司法は善良な一般市民を守ってはくれません。 裁判員制度が始まります。何もやっていないのに罪に問われる人を一人でも多く救ってください。

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富山県の女性暴行冤罪(えんざい)事件と被告全員の無罪が確定した鹿児島県の公選法違反事件。この二つの冤罪事件を検証し、先週公表した最高検の調査報告の中身は、衝撃的だった。無罪判決が相次ぐ中で、ある程度予測できたとはいえ、組織の在り方の根幹にもかかわる深刻な問題を含んでいたからだ。

 「基本的なアリバイ捜査を十分に行わなかった」「供述の信用性について吟味が不十分だった」…。問題の多くは捜査の基本にかかわると断じ、いずれも経験の浅い検事が担当していたのに、上司から適切な指導がなかったとも述べている。
 警察や検察の捜査能力の衰えや組織の疲弊ぶりがうかがえる。「反省すべきところは素直に反省し、二度と繰り返さない」。報告書につづられた「反省」の言葉は、どこまで信用できるのか。覚悟のほどが厳しく問われる。

 検察庁が内部調査を公にするのは、極めて異例のことだ。一般の市民が刑事裁判の審理に加わる裁判員制度の導入を控え、「説明責任を果たすことで傷ついた信頼を回復したい」との検察首脳の強い思いや危機感があるとされる。

 その認識は間違ってはいまい。両事件を検証した結果、自白偏重の捜査手法とチェック機能の不備というこれまでにも繰り返されてきた冤罪事件の構図が、そっくり温存されていた事実が鮮明になった。冤罪事件が起きるたびに指摘されてきた弊害である。

 公正さを欠く捜査資料で、裁判員を誤審に導くようなことが起きれば、捜査当局としてのダメージも計り知れない。検察首脳の危機感を、末端の捜査員まで広く共有し、肝に銘じる必要がある。

 富山事件で誤認逮捕された男性は、強要された自白に基づく裁判で懲役三年の実刑が確定。真犯人が自供するまでの四年間、ぬれぎぬを着せられ続けた。

 予断による見込み捜査で十三人が起訴された鹿児島事件では、逮捕者の身柄拘束期間は最大で三百九十五日にも及んだ。うち一人は公判中に死亡している。全員に無罪を言い渡した鹿児島地裁は「客観的証拠は全くない」と捜査の根本にさかのぼって指弾した。

 日本の刑事司法制度では、容疑者を起訴するかどうかの裁量権は検察官に与えられている。「予断を排し、虚心坦懐(たんかい)に」。強大な権限を背負う検察官は、捜査能力だけでなく人権感覚にも磨きをかける不断の努力が要る。
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