この国の法律や司法は善良な一般市民を守ってはくれません。 裁判員制度が始まります。何もやっていないのに罪に問われる人を一人でも多く救ってください。

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あまりにも無意味で、現場の取調べを本当に知らないのか、知っていてとぼけているのか、キャリアの警察官には想像も出来ないのでしょうか、取調べ室で行われている非道な行為に関して、という内容でした。

私の取調べでは、あまりの暑さもあり、途中から一時、取調室のドアを開放したまま取調べが行われることもありました。
怒号、机を蹴る音、など、扉を開放しなくても聞こえるかもしれない大きな音が鳴っていたと思いますが。

誰一人、それを常軌を逸する行為と感じ、止めに入る警察関係者など、いませんでした。

のぞき窓やマイクを付けることが大事なのではなく、いきすぎた違法な行為があった場合にすぐに仲裁に入る組織や人間が必要なのだと。

ただ、先日も書きかけて、いまだに書けていないですが、犯人に威圧感、恐怖感を感じるくらい、調べる側(警察?)が高圧的で、相手を完全に制御、支配するような状況でもない限り、犯行をやっていない人はもちろん、やった人も、やったと認めれば犯罪になるわけなので、よほどの取調べをしない限り、自分がやりましたなどと、犯行の自白をしないであろうことが、考えられます。

そう考えると、自白というものが、証拠として採用されるに値しないものであるという結論にまで達するのですが。

やっていようがいなかろうが、さらには、自白をしようがいまいが、警察や検察は、自分たちに都合のいい部分だけを作文にして、自白としてまとめ、それを証拠として、犯罪を立件し有罪にしたいわけなのですから。

行き着かなければいけない結果が見えているのに、自白がそれにそぐうものでなければ、取調べは終わらないだけの話で。
さらに、問題なのは、やっていないことをやっていないからわからない、自白しないと、裁判や報道でで、反省の色がない、とされ、罪が重くなる傾向にあるように感じることです。

素直に自白すれば、悪いようにはせん。

確かに、日本の裁判を考えると、素直に自白して反省の色を深く示せば、人殺しだって、慈悲深く温情を持って裁いていただける。
心の中で、何を考えていようとも。

マイク、のぞき窓 取調室に設置検討 警察庁長官
11月27日8時2分配信 産経新聞
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